2009年2月3日火曜日

[37signals] 刃を研ぐことを忘れずに

(原文: Remember the strop)

昨夜、彫刻の時間を設けた。去年の10月からこのかた、彫刻に時間を割く機会に乏しく、手を付けられず終いだった。彫刻とは自分の手・数本の鑿・角材さえあれば取り組むことが出来る、究極の瞑想法だ。

良い道具は間違いなく作業の助けになるということで、私は奮発して何本か丸鑿を入手した。素晴らしい切れ味で、手に持ったときのバランスも良く、長時間にわたって鑿を振るっていても快適だ。「素晴らしい切れ味」の刃先がおそらく最も重要なのだというのは言を待たないことだが、良く切れる刃先が木を易々と彫り進む様は目を瞠るものがある。わずかな力を加えるだけで鑿は静かにシャッシャッと木の削れる音を立て、刃先からくるくると巻き出る削り屑は死んだフリをした団子虫のようだ。

それでも時折、木目が詰まっていたり均質性に欠けたりして堅くなった部分にぶち当たることがある。木目に逆らって彫る必要が生じる事もあり、その際は少しばかり余計に力を(大した力では無いが)入れて鑿を突く必要がある。少し余計に力を入れると、刃先は滑らかな動きとともに以前と同様の魔法のような切れ味を見せてくれる。突・彫・突・彫・突・彫・・・まるで催眠術の世界。まさに瞑想の境地だ。

私はほとんど無意識のうちに木目の方向や密度の変化に順応しているので、研いだ直後の鑿がいかに素晴らしい切れ味で木を彫り進んでいたかを容易く忘れてしまう。私は「まだかなり良く切れるから、あと数分粘って、それから研ごう」と自分が思っている事に気が付いた。いつも、あと数分粘ってから、なのだ。あともうひと彫りだけ。この部分を彫り終えなきゃ...

私はそれからようやく座り込んで刃先を革砥に当てるが、研ぎ上げるには数回当てるだけで良い。作業中断時間は、皮砥に4・5回当てるのに要する約30秒程度だ。だが、この僅かな作業中断がもたらす切れ味の変化たるや吃驚仰天である。こんな風に皮砥に4・5回当てるだけで刃先は元の切れ味を取り戻し、いつもながら私は、研ぐ前に比べて彫り進めるのが容易くなったことに吃驚仰天する。まだ良く切れると思い込んでいたこの私がだ。もとの切れ味も、研ぐとどれだけ切れ味が良くなるかもすっかり忘れていたのだ。

さて、4年前に遡ってみよう。4年前(ほぼ丁度4年前なんだな!実際は2005年の1月27日のことだからね)Jason と David が、Basecamp の製作を行っているシアトルの社屋に来ないかと私を誘った。当時、私は BYU に勤務していたのだが、Jason と David は私にとってより良い道を提示すべく尽力してくれた。

BYU は居心地の良い所だった。職責もあった。技術上の決断事項についても参画していた。私は有能だった。出世と言う木の根を延ばしていくにあたって、さしたる障害もなかった。そう考えていたのだ。

にもかかわらずその時、私は Basecamp の製作に参加した。Jason と David が Getting Real について語るのを部屋で聴いたのは、比較的短い、僅か数時間のことだった。彼らがそこで私に話さなければならなかった事というのは、これまで Basecamp の製作や Getting Real のワークショップに参加したものならば誰でも確信出来そうなシンプルな事だった。私にとってこれは革砥に刃先を数回当てることに等しかった。私の一側面の切れ味は増し、リニューアルされた。私は単にプログラマとして出世するだけでは物足りなかった。私は、私がもともと抱いていたソフトウェアを書く情熱と喜びを思い出したのだ。

(BYU を辞して 37signals で働き始めたのは僅か1ヶ月後の事だ)

こういった概念は別に目新しいものではない(Stephen Covey はこれを、著書の Seven Habits で「のこぎりを良く切れるようにしておくこと」と呼んでいる)しかし、これは今も金言である。刃先が真新しい時にもたらしてくれたわくわく感を忘れ、人生や出世において波風を立てることに抵抗を感じるようになると、私たちは往々にして轍にはまることになる。費やすのは、目先の事から離れて刃を研ぐことを思い出すのに必要な、わずかな時間だけだ。そしてその費やした時間はそれ以上の長きにわたって見返りをもたらしてくれる。


訳者コメント:
Stephen Covey についてはトンデモという説もありますが、その言は7つの習慣に見られる通り至極真当なもので「鰻と梅干のシナジー」とか言ったアホな応用をしない限り、多方面にわたって有用かと存じます。まぁ占いと同じで「当り障りの無い事を言ってるだけ」と言えない事もないですし「銀の弾丸なんて無ぇんだよ!」を信条とする者にとりましては7つの習慣(笑)でしかないわけですが。
  1. Be Proactive!(主体的になれ)
  2. Begin with the End In Mind!(ゴールを明確に)
  3. Put First Things First!(優先順位をつけろ)
  4. Think Win/Win(Win-Winであれ)
  5. Seek First to Understand, Then to be Understood.(まず相手を理解せよ。話はそれからだ)
  6. Synergize(相乗効果)
  7. Sharpen the saw(研ぎ澄ませ)

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