ビジネスにおいて昔からあるアドバイスに「非効率性の排除」というのがある。だが実際は、非効率というレッテルを貼られたものこそが、諸君の製品を他の有象無象達から引き離してくれるものなのだ。効率に寄与しないものを全部切り捨ててしまうと、他と似たり寄ったりになってしまうハメに陥る。
私は別に、諸君のビジネスを行きあたりばったりな非効率性の詰まった謎々に仕立て上げろなどと言いたいわけではない。明確な意図のもと敢えて残しておくべきものがあるということなのだ。諸君の将来にとって意味のあるものは何なのかを判断せよということであり、たとえあぶく銭程度の節約になるとしても、そういった「あえて残しておくべきもの」について安易に省いてしまうことは拒絶せよということなのだ。
「El Bulliのメニューはお客様の声を反映させたりなんかしてません」[この記事はJohn Kottkeの記事で知った]では、ハーバードビジネススクールが、Ferran Adriàの経営するEl Bulli(世界一にランクされているレストラン)についての観察を行っている。
従業員数を減らせ・材料費を切り詰めろ・サプライチェーンを改善せよ・営業時間を延長せよといったような、MBA連中が即座に指摘するであろう非効率がこのレストランには多く存在した。しかしEl Bulliにそんな「修繕」をほどこせば他のレストランと変りないものになってしまう、とNorton(ハーバードビジネススクールの助教授であるMichael Norton)は語る。「この非効率こそが人々に価値をもたらす要素になっているのだ」ただ単に非効率的だからと言う理由で何かを切り捨てる前に、別の視点からすればこれは価値を付与してくれるものなのではないかと自問してみることだ。綺麗な包装に費用を注ぎ込む・素材の鮮度を上げる・縫製をさらにしっかりしたものにする・手書きのお礼状を添えるといったようなことが、誰かがまわりに諸君のことを吹聴してくれる理由になる。一見「間違っている」ように見える選択が、諸君を他に抜きん出たものとし、商品を他に例を見ないものにしてくれるということがしばしばある。それは君の調理した一品を特別なものにしてくれるスパイスなのだ。
この記事でNortonは、Adriàの「顧客を理解することと顧客に耳を傾けることの区別をはっきり付ける」という手法を引用している。
諸君がもし顧客の声に耳を傾けたとしても、顧客がこうしてほしいと諸君に話すようなことは顧客それぞれの経験に基づいたものしか出てこないものだ、というのがAdriàの考えだ。もし私が脂身の少ないステーキが好きだと言えば、彼はそういうステーキを出し、私はそれを美味しくいただくことになる。だがこれでは一期一会の経験とはなりえない。一期一会の経験を創りだすには顧客の声に耳を傾けてはならないという方が近いのだ。Adriàは顧客の声に耳を傾けないと言う。彼の顧客は世界一満足しているにも関わらずだ。これは一考に値する興味深い謎である。関連記事:More Signal vs. Noise posts about chefs
訳者コメント:
効率厨wというのは何もネトゲ界隈だけで見られる現象じゃないということです。日本語の複雑さ、つまり、表記と読みが全単射になってないとか、表記のバリエーション・ゆらぎとか、表記の歴史的変遷とかを非効率として排除してしまうとえらくつまんない言語ゾンビが出来上がっちゃうよということです。豊穣なる日本語を支えているのは、こういった非効率性に他なりません。私なんかは、これこそが日本の武器だと思っています。
そういう意味において、Googleが日本語入力に関して採った戦略は正解だったと言えるでしょう。効率性という人為的・恣意的尺度を切り捨て、あるがままのコンテンツをもとに機械的・最尤法的処理を行うという姿勢がうかがえるからです。「意味」を破棄することで逆説的に「意味」を浮き上がらせたのだとも言えるでしょう。
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