2011年2月4日金曜日
[Google] 侠気 and/or 狂気
2011年2月1日火曜日
[メモ] John Gruberと華ちゃんの共通点
2011年1月12日水曜日
[Google] H.264サポート打ち切るなんてマジ狂っとる
でもって、WebMに移行しろとかゆってはります。マジワロスw。この愚行にはJohn Gruberもさっそく噛み付き、5つの疑問を投げかけとります。
- 「H.264はオープンイノベーションを阻害するからサポートやめる」とかゆってるクセに、ChromeはクローズドソースでプロプライエタリなFlashプラグインをバンドルしとるやんけ。ほんならH.264と同様にFlashもサポートすんのやめるんやろな?やめんゆうならその理由をゆうてみぃや。
- AndroidでもH.264サポートしとるな。これもやめるんやろな?やめんゆうならその理由をゆうてみぃや。
- あんたんとこのYouTubeでもH.264つこてるな。これ全部WebMで再エンコするちうことになるんやで。オープンイノベーションという大義名分のためなら、H.264サポートはやめてええちうわけやな?そんなことせぇへんゆうんやったらその理由をゆうてみぃや。
- Netflix、Amazon、Vimeo、MLBといったストリーミングビデオ各社に対し、H.264に加えてWebMも対応したデュアルエンコードにしてくれと要求するちうことやな?せやないとChromeユーザはH.264コンテンツを視聴する場合、Flash Playerに頼らざるを得んようになるんやけど、マジどうするん?
- これって誰得?
2010年8月27日金曜日
[メモ] H.264のライセンス形態はおとり商法だ、とかぬかしてた奴らが終了な件
DARING FIREBALLでこの報道を知り、朝っぱらからホクホクしております。これでWebMとかいうグレーなコーデックを使う理由は完全に無くなりましたんでね。ということで、Mozilla界隈のエロい人たちにおかれましては速やかにH.264を採用されんことを冀う次第。
2010年6月4日金曜日
[Google] 表面を取り繕う
[INSIDE GOOGLE] New Google option: look like Bing
まさに「首のすげ替え」ですな。「さらに劣化」という共通点も一緒で、これぞまさにシンクロニシティw
関連記事: [メモ] 進化の袋小路 (animals/boomboxes/Windows PCs)
2010年4月9日金曜日
[Apple] 世間から見えないところで、戦争は続くよどこまでも
John Gruber が述べている通り、今回の施策は Flash CS5 や MonoTouch といった特定の敵をターゲットにしたものではなく、メタフレームワークそのものの締め出しを意図したものだ。この記事の後にアップされた
[DARING FIREBALL] Why Apple Changed Section 3.3.1
でも
"what Apple does not want is for some other company to establish a de facto standard software platform on top of Cocoa Touch."と記している。
Apple が嫌っているのは、他社が Cocoa Touch フレームワーク上に構築したソフトウェア環境がデファクトスタンダードになってしまうことなのだ。
Apple の一見強引にも思えるこの作戦の背後にあるのは、やはり、自分でコントロール出来ない領域の存在を許さない、という Apple の伝統なのだろう。いつまで水平分散の夢を見てるんだオマイらw、UX 第一で考えるんならウチの垂直統合モデルしかねぇだろ、という御神託といったところか。
ということで、本件で一番顔が青ざめたのは Adobe でも Microsoft でもなく、Google なのだろう。openness という錦の御旗が真正面から切りつけられたわけだからね。ガジェットが Geek のおもちゃからコモディティへと変わりつつあるこんにち、そんな御威光だけでは Geek すらついてこなくなるというのは明白。まぁ、こんなカモがいるうちはまだまだ安泰でしょうけどねw
2010年3月27日土曜日
[DARING FIREBALL] 偉いさんの戦争
(原文: Generals’ War)
先週の、エスカレートしつつある Apple - Google 間の争いに関する記事において、私はいくつかの微妙な点について言及するのを忘れていた。
ひとつは、私が議論しているのはあからさまな敵意についてであり、単なる競争についてではないということだ。Google と Apple は、特に Android 対 iPhone という観点から見て、そしてもうじきやってくる Chrome OS 対 iPad という観点から見て、ライバル同士なのか?という疑問があるということについてはこれまでも見てきたとおりだ。もちろん彼らは競合している。それは良いことであり、資本主義社会における企業の一般的なあり方である。私の言いたいのは、そういった競合とは違う何か、もっと悪意に満ちた何かが進行していると言うことなのだ。あからさまな敵意。「ライバル」と「敵対者」の違いだ。
もうひとつ、私が言及を怠っていたのは、これは重要だと私は思っているんだが、この事態は全て経営陣および管理職上層部レベルにおいてのみ発生しているという点だ。技術者たち(両社の)は戦の準備をしているわけでもないし戦を楽しんでいるわけでもない。私には情報提供者が両社に居て(Google より Apple の方が多く、当然のことながら、他社はさておき Apple のこととなると Google の方が多くなる)、そのほぼ全てが技術者であり非「経営陣」なんだが、状況を考察するにあたって「異様」という言葉がずっと私の頭に浮かび続けている。Apple で行われ Google が出席する会議、もしくはその逆、において経営者達が「喧嘩上等」という敵意と怒りに満ちた発言をするという異様な状況のことだ。
あからさまな敵意というのは両社の技術者においてはあてはまらない。これはあくまでも異様なのだ。両社には確固たる、そして明白な文化の違いというものがある。Apple の技術者達は Google の作るソフトウェは醜い(役に立つし、きちんとしてるんだが醜い)と考える傾向があるし、Google の「オマエのデータを全部よこせ」的戦略に疑念を抱いている。Google の技術者達は Apple はウェブを理解してない、少なくともウェブをプラットフォームと捉えていないと見なしており、そんなのは古いと考え、そして App Store における Apple の専制的な管理体制に腹を立てている。だが全般的に見れば、両社の技術者達は似たり寄ったりなのだ。Google のサービスを利用している Apple の技術者も、Apple のコンピュータを使う Google の技術者も大勢いる。
両社ともに、例の Microsoft 的な「全世界がオレの敵」という姿勢、すなわち手をつけたからには単に成功を収めるだけではなく競争そのものを根絶するまでとことんやるというあの姿勢を社風として培ってはいない。
これは偉いさんの戦争でしかないのだ。Apple と Google の一般社員は戦争を期待してなどいないし、予期すらしていない。
一方、Google は Apple ほど一枚岩な会社ではない。1月の iPad 発表の数日後に Apple で行われた「タウンホール」ミーティングで Steve Jobs が Google を視野に入れて発したコメントは多くの注目を集めることになった。John C. Abell が Wired でレポートした、又聞きに基づく言い換えなんかは特にそうだった。Abell がレポートし、他の情報路の大半が取り上げたものではこうなっていた:
Google について: 我々は検索事業に参入しなかった、と Jobs は語った。奴らは電話事業に参入した。勘違いするな、奴らは iPhone を潰したがっているのだ。そうはさせん、と彼は語る。
私が Wired にリンクを張った後、タウンホールミーティングに出席していたとある情報提供者が私にこう語った:
彼が実際に言ったのは「Google のチームが我々を潰そうとしている」だった。企業全体がそうなのだと思わせるような言い方を彼は決してしていない。おおかた Android チーム限定だろう。
先週の記事の後、Apple にいる情報提供者が私にメールを寄越して、タウンホールミーティングにおける Jobs の発言は、Google には iPhone を潰そうとしている「とあるチーム」が存在するということを誇張して言っただけのことであり、Google 全体のことを言ったわけじゃないと何度も繰り返して語った。そうなのだ、Jobs はこの件についてムカついているように見えるが、その矛先は Google 全体ではなくむしろ Android という特定のターゲットに向いているというのは明白なのだ。
まぁ、そういった発言自体が事態を醜悪なものにしているのかもしれんが。訳者コメント: この記事のすぐ後に、Jobs と Schmidt が仲良く(?)コーヒーを飲んでいるツーショットを載せた GIZMODO の記事を取り上げて "How about that." と言うあたり、ぬかりないですなぁホント。まぁ「火事と喧嘩は IT の華」ですし「火のないところに煙を立てる」のは、メディアが紙であれビットであれ、あらゆるマスゴミの得意とするところであり飯のタネですから、しょうがないっちゃしょうがないんですけどね。
2010年2月16日火曜日
[Microsoft] 死亡フラグ立ちまくり
John Gruber は簡潔に "What a great product name. Not a mouthful at all." と述べるに留まっている。これほどわかりやすい皮肉って珍しいw
2009年12月16日水曜日
[Programming][メモ] PastryKit
[ajaxian] PastryKit: An iPhone Webdev Library from … Apple
ようやく本命登場といったところだが、本件については、見落としてはならない点がひとつある。これは単なる「Objective-CからJavaScriptへ」「NativeアプリからWebアプリへ」という流れではなく「 脱 App Store」の流れでもあるのだ、ということだ。
あまりにも早くレッドオーシャンになってしまったApp Storeに別れを告げるためにApple自身が打ち出した施策、という観点でPastryKitをながめてみると面白い。せっかく掴んだモバイル市場、末長く収益を上げ続けるにはやはりこれが最善手という経営判断が窺える。
2009年12月13日日曜日
[メモ] だめぽこそは人の人たる所以なれ
[DARING FIREBALL] Google Coyly Acknowledges New Android Phones Given to Employees
[DARING FIREBALL] Google Hands Out Unlocked Android 2.1 ‘Google Phones’ to Some Employees
昨日、John GruberがGoogle Phoneをネタに一気に3つも記事を書いている。その中で
Mozilla/5.0 (Linux; U; Android 2.1; en-us; Nexus One Build/ERD56C) AppleWebKit/530.17 (KHTML, like Gecko) Version/4.0 Mobile Safari/530.17というユーザエージェント文字列が出ている(Nexus One を赤にしてみたら、オープニングで表示されるバックストーリーの "Known as a Replicant" みたいで気に入ったw)
この記事自体は「ふーん」程度で済ませて良いのだが、リンクされているWikipedia(E)のReplicantの項にはロイ(Nexus-6)の弟としてのデッカード(Nexus-7)というPaul Sammonの所見なんかもきちんと載っており、好感が持てる。写真で一杯なデッカードの部屋が映し出された段階で、それとなく伏線が張られていたわけだが、最終版でユニコーンのカットが出てくるまではデッカードもまたレプリカントであると言う確証は得られなかった。FAQを見てもわかる通り昔から議論されていた問題ではあるけれど、原作至上主義者からの反論を覚悟の上で「デッカードもレプリカントだ」と "Future Noir: The Making of Blade Runner (1996)"(邦題『メイキング・オブ・ブレードランナー』)で言ってのけたPaul Sammonの卓見は素晴らしい。
ちなみに、Wikipedia(J)のレプリカントの項で紹介されている『撰集抄(松平文庫版)巻五第一五 作人形事・於高野山』は、「反魂」として知られる日本におけるホムンクルスやネクロマンシーの嚆矢であるが、西行が死者の復活方法について源師仲に相談した折に師仲が「四条大納言公任の流を受けて人を作り侍りき」と述べているあたりが実に面白い。藤原公任といえば文人としての側面しか現在では伺い知れないが、実は文人かつマッドサイエンティストであった。道長のもとで政務に当たった公任は、ほぼ同時代にブワイ朝ペルシアの宰相を務めた大錬金術師アヴィケンナ(イブン・シーナ)を彷彿とさせる。
ちなみついでに言えば、最後に出てくる「呉竹の二子は、天老と云ふ鬼の、頻川のほとりにて作出せる賢者とこそ申伝たるなれ」という部分は、実はガンダムSEEDへと繋がってくる。呉竹の二子とはすなわち伯夷・叔斉のことであり、『論語』や『伯夷列伝』に見られるこの二人の「おまいらはちよちゃんですか?」と言いたくなるほどの完璧超人ぶりはそのままコーディネイターのエリートぶりに繋がってくる。黄門様の人生を変えたのはコーディネイターの生き様だったというわけだ。人造人間については丁度いいタイミングでこんなトンデモ的ニュースも流れてきており、やはり富野御大は正しかったということかw
閑話休題。
で、思ったのは「人間の駄目さ加減を取り入れなければ、アンドロイドはいつまでたっても機械のまま」なのだということ。ロイとプリスが、J.F.セバスチャン言うところの "You are so perfect." なカップルであるが故にNexus-6であることを隠せなかったのに対し、ヘタレなデッカードにツンデレなレイチェルというNexus-7のカップルが、ぎこちなさや素直になれないもどかしさといった「人間らしさ」を我々に感じさせるあたり、やはり人間の本質は「不完全性」や「駄目さ加減」にあるんだということを我々に再確認させてくれる。
関連記事: [メモ] 『BLADE RUNNER』 と『ヨコハマ買い出し紀行』
2009年11月20日金曜日
[メモ] 使い捨てコンピュータ
Tim O'Reilly の "3. Data is the Next Intel Inside" というフレーズが思い起こされる。またこいつらの一人勝ちかよw
Alex Payne と言えば Twitter の Scala への移行ネタで始めて名前を知ったのだが、記事の出た日が4月1日だったためエイプリルフール乙で済ませてしまい、後で慌てた記憶がある。
2009年9月1日火曜日
[メモ] John Gruber が格好良すぎる件
John Gruber の反応はたった一言
成功すると良いね(棒読み)「まぁせいぜい頑張れやw」と訳すほうが適切かな。彼の目利きの確かさはこういったコントラストの高さにもあらわれている。
