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2008年11月27日木曜日

[Dave Winer] 汝罪人らよ、悔い改めよ!


(原文: Repent ye sinners!)

経済崩壊の原因は、今まさに崩壊のさなかにある銀行の全てが置かれている New York という都市にある。馬鹿げているというのは百も承知だが、市が野球場を取り壊した時に、これから起こるのは悪い事以外の何ものでもないということを確信したのだ。例としてシアトルのキングドームを見よ。もはや何も言うまい。これの意味するところは明白である。

さて、今年ニューヨーク市は2つのスタジアムを取り壊した。2つもだ! 共に大いなる歴史的価値を持つものだ。ああ、確かにそのうちのひとつはもうひとつに比べればそれほど歴史的価値はないと思われているんだろう。しかしだ、ヤンキー・スタジアムではもう何年にもわたって、わくわくするゲームは数える程しか無かったのに対し、シェイ・スタジアム、あの60年代、お荷物球団と呼ばれた不遇の時代にメッツがプレーし1969年のメッツの奇跡でワールドチャンピオンの栄光を手に入れた地であるシェイ・スタジアムの歴史はかけがえのないものなのだ。Mookie Wilson と1986年度のメッツの選手達がワールドシリーズでBill Buckner(訳注: 第6戦で痛恨のトンネルをした)のレッドソックスを破ったスタジアムなのだ。

寒い時代だと思わんか?

証拠を見せろと言うのなら、議論の余地のない証拠がある。取り壊しの後に新しく出来るスタジアムの名前を見よ。

そうなのだ。Citi Fieldなのだ。ひどい話だ。

神は神秘にして確固たるすべもてわれらにつげたまふ

汝罪人らよ、悔い改めよ!



訳者コメント: 阪神優勝のもたらす経済効果といったような側面とはまた違った切り口であり、面白いっちゃ面白いのですが、それにしてもトンデモのそしりは免れますまい。床屋論議が世界に響きわたるというのがブロゴスフィアのいいところだとは思いますが。

2008年11月18日火曜日

[Dave Winer] 報道業は崩壊の途にある

(原文: On the collapsing news industry)

2008年11月17日(月)by Dave Winer

Steve Outingの記事:『新聞はあと6ヶ月もつか?』

私はこの記事に以下のようなコメントを投稿した。

いくつかの点において、おそらく彼らは報道業の息の根が完全に止まる前に、個人ブロガーを、彼らの生態系から幾つかのアイディアを手に入れるべく取り込もうとするだろう。もはやなりふりかまっていられない時代が到来し、報道のプロがやってきたことに関してアマチュアにバトンを渡す、それも恩着せがましい態度でではなく、あたかも我々の文明は諸君の行動如何にかかっているといった態度でバトンを渡す時代が到来したのだ。

この人たち(訳注:ブロガーのことか?)は自分の事しか頭に無い。彼らは自分の果たすべき責務について考え始める必要がある。これは私がブログの勃興について考えてきた際に、常に頭にあった事だ。彼らは、報道業者がブログを盗用するからもうブログには寄稿しないと考えている。だが、この考え方は間違っている。たしかに報道業は凋落する。ひどい凋落ぶりになるだろう。だが、報道システムというものは報道業が崩壊した後も残っていなければならない。


訳者コメント: いわゆる「頭の良い人」の発言に多く見られる事の一つに「マクロ展開しないまま話す」というのがある。Dave Winer氏のこの短いコメントを読んで、文の内容以前にまず思ったのがそのことだった。自分の読解能力の無さを棚に上げて言ってしまうが、正直言って後半段落の主語が何なのか自信が無い。報道業者のことなのかDave Winerを含むブロガー達のことなのか世間一般のことなのか。この件に関しては、アメリカ人一般に通用するコンテキストがあるのだろうか? それとも「Dave氏、省略し過ぎ」なのだろうか?

それはさておき元ネタの『新聞はあと6ヶ月もつか?』に、現状打開策をマンハッタン計画になぞらえる記述があるのですが、この辺り『勝つには原爆落とすしかねぇ!』というメリケンなメンタリティが感じられて面白いです。コメントでCharles Batchelor氏も「んなアホな。そんなもんで勝てると思ってんのかw」と言っていますが、そもそもこんなたとえ自体が日本では絶対ありえないよね。「不謹慎だ」とか言われてw。さすがは戦勝国だなぁとしみじみ思ったのでありました。

2008年11月17日月曜日

[Dave Winer] もはやオンライン広告は死んだ

(原文: Online advertising is now dead)

2008年11月13日(木)by Dave Winer.

人々がWeb広告に依存したビジネスを始めてこのかた、私はずっと言ってきた「長くは続かないよ」と。我々は今やどん詰まりに来ている。

現今の景気後退・不景気から復帰出来たとしても(いつ復帰出来るのか誰もわからないのだが)我々は広告から手を引くだろう。

Webは今後も商用目的で利用されるだろうし、人々もAmazonその他でモノを買うだろうが、広告をクリックして買ったりページにリンクが張られたモノを買うのではなく、今や誰もが行っている検索やみんなの評価といったものを通じて商品に関する情報を捜し出し、買うようになる。

もはや誰も広告を必要としていないし、商品を売るのにはもっと良いやり方があるということなのだ。

商売が干上がってきた時、会社が最初に切り捨てるのが広告というものだし、景気が持ち直した時には広告の事などきれいさっぱり忘れ去られている。企業の成長というものは、商品を欲する人々が目にし、人々が何の負担もなしで入手出来るような宣伝を提供することによりもたらされる。

客に対して完璧に狙いを定められる広告とは、客の求める情報以外の何ものでもない、ということを忘れないでほしい。

例を示そう。

先日、カシナート社製コーヒーメーカーのガラス瓶が割れてしまった。Amazonで型番を探し、関連商品(「この商品を買った人はこんな商品も買っています」)を見つけ...あー、あったあった。ガラス瓶が割れてから「今すぐ買う」ボタンをクリックして注文するまで、取引に要した時間はしめて5分。この間、広告の出番は一切なし。

今あるコーヒーメーカーを買ったとき、カシナート社がこんなガラス瓶まで作っているとは思いもよらなかった。もちろんブランド名は知っていたが、広告にはそんなことまで載っていなかったよね? 確かにというわけではないが広告に載っていたという記憶は無い、たぶん他のどこかで広告していたのだろう。こういった従来通りの広告にもある程度の将来性はあるかもしれない。しかし、私がこのブランドのコーヒーメーカーを選んだのは、これを使っている人がこの商品を心底気に入っていると言っているのに対し、他のブランドでは人々はさほど気に入っていないようだったからだ。ホットコーヒーはいつまでも淹れ立ての状態であって欲しいし、そのためなら喜んで割り増し料金を払ってもいいと私は思っている。本来ならば、メーカーはわざと割れやすいガラス瓶を作り交換部品でぼったくっているのだと考えるべきなのだろうが、彼らは私の淹れ立てコーヒーを愛する気持ちをよく理解している。(訳注:だから私はほいほい買ってしまった。わかってるねぇこの会社、ということ)