(原文: How did the web lose faith in charging for stuff?)
製品に課金する事への疑念が世間においてあまりにも長いこと語られてきたせいか、現時点ではもはや無料が当たり前になってしまったようだ。無料が当然だなどという考え方はとっくの昔に効力を失っていると私は確信しているんだが、未だに逆な現状を前にして驚きを禁じ得ない。
「これからは無料サービスだ」「広告収入でやっていくんだ」「ベンチャーキャピタルの資金が我々に成功をもたらす」「買収されるのが夢」というミーム(訳注: 思想的因子・意伝子)に Web はすっかり感染してしまい、もっとシンプルなやり方で行こうという信念はほとんど失われてしまったようだ。
スタートアップスクールで話したとき以来、多くの起業家からアプローチを受けているが、彼らが口にするのはそういった話ばかりだ。彼らはニッチ市場を見出し、それをターゲットにした製品を作り、「なんてこった、思い切った手を打たんとな」と考えるに至り、課金を行うことを決心する。課金が作動し、顧客が請求書通りに支払い、会社が成長するのを目の当たりにして彼らはびっくりする。
このことは夢のように素晴らしい話であると同時に、人々にはなかなか受け入れられないものでもある。上に示した起業家の行動が明らかにしているものの中には、驚く要因など何も無いというのに。当然の結果なのにそう思われてはいない。その理由は、最初からきちんと利益を上げるようにしようという姿勢に何か不自然なものを感じてしまうという病がスタートアップ起業の文化に取り憑いているからだ。早いうちから収入をあげることが後の大成功の妨げになると思われているからだ。
こんな考え方は気が滅入るし間違っているのだが、私の見るところ今や状況は変わりつつある。サンフランシスコのスタートアップ企業が採った、昔ながらの一攫千金というやり方が通用した日々のことを思うと感慨深いものがある。こういったやり方は CDO(債務担保証券)やゼロダウン住宅ローンとともにトイレに流されることになるだろう。
その一方で我々を待つのは、製品に金を払うのは当然だとされる世界だ。Jason が「無料サービスに未来は無い」と大見出しを付けて話す必要など全く無い世界だ。Web においても大半の企業が顧客からダイレクトに収入を得るというシンプルな世界だ。
そんな日が来るのを楽しみにしている。
2009年3月10日火曜日
2009年3月7日土曜日
[メモ] やっとわかりましたよ先生
エンタープライズ機能なんてソーシャル機能のおまけ程度の扱いで充分なんだということにようやく気付いた。会社と社会というシンメトリーが会社の方に傾き過ぎたこの数世紀。不均衡は正されなければならぬ。
パーソナルとソーシャルの不均衡mona-。
パーソナルとソーシャルの不均衡mona-。
2009年3月5日木曜日
[メモ] 外人と人外
小泉八雲と妖怪の間には、外人と人外というシンメトリーがある。「日本人にとっては自分も妖怪も異界の者なのだ」という自覚が彼に妖怪への親近感を抱かせたというのは想像に難くない。それが彼をして『怪談』に至る数々の著作、『影』『骨董』等にも顕著な日本における彼岸観・異界観に着目した一連の作品を書かせたのであろう。
彼について表現する際にしっくり来る言葉に outsider がある。foreigner だとちょっと弱いのだ。そして outsider という言葉がしっくり来る作家といえばラブクラフトである。
小泉八雲とラブクラフトを繋ぐものの一つに、ヴードゥーへの着目がある。小泉八雲はニューオーリンズに約10年程住んでいた。そこで物書きをしていたのだが、当時の記事にヴードゥーに関するものが存在する事が知られている。「最後のヴードゥー」ことドクター・ジョンの死に当たって書かれた追悼文(1885年)にも見られるように、彼はニューオーリンズにおいて黒人社会を通じてヴードゥーとの接触を持っていた。来日(1890年)前の約2年間は西インド諸島に滞在し民話収集等のフィールドワークを行っており、その成果は『クレオール物語』に見る事が出来る。
一方、ラブクラフトでヴードゥーといえば『クトゥルフの呼び声』であろう。ルグラース警部の話として綴られている、ニューオーリンズにおけるヴードゥー教徒のおぞましき集会は、かの「ふんぐるい・むぐるうなふ・くとぅるふ・るるいえ・うがふなぐる・ふたぐん」という詠唱で最高潮に達する。
アメリカ人にとってニューオーリンズは魔界都市として認識されている、というわけではあるまいが、そんな異界ニューオーリンズをこよなく愛した小泉八雲は outsider としての素養を十分に持っていたようだ。
小泉八雲とラブクラフトを繋ぐものをもうひとつあげるとすれば『浦島太郎』にみられるような『深き者』との関わりがある。『夏の日の夢』にみられる浦島太郎への着目は、クトゥルフとしての乙姫・ルルイエとしての竜宮城という図式を思い起こさせる。実に日本らしく萌え萌えに描写されている乙姫も、浦島太郎にとっては結局のところ破滅の神クトゥルフであったわけだ。異界に赴きそして帰還した者を待つのは破滅だけなのだろう。「常世=竜宮城=蓬萊山」という、日本における異界的モチーフにルルイエを重ねるのはあながち間違いではないと思われる。
最初の妻であるマティ(アリシア)・フォリーが黒人だったというのも異界へのあこがれを反映している。『クレオール物語』所収の『ドリー』には、恐らくマティその人かと思われるドリーについて「その大きな、黒い、きつい、じっと見つめる両眼」という描写がある。これはまさにインスマウス面の魅惑的表現と言えよう。
異界に魅かれた彼ら。その異界を日本に見出し、同じ異界の者として妖怪について書き綴った小泉八雲。此界に幻滅し、幻想としての異界を書き綴ったラブクラフト。ともにその心底には outsider の喜びと悲しみがある。
彼について表現する際にしっくり来る言葉に outsider がある。foreigner だとちょっと弱いのだ。そして outsider という言葉がしっくり来る作家といえばラブクラフトである。
小泉八雲とラブクラフトを繋ぐものの一つに、ヴードゥーへの着目がある。小泉八雲はニューオーリンズに約10年程住んでいた。そこで物書きをしていたのだが、当時の記事にヴードゥーに関するものが存在する事が知られている。「最後のヴードゥー」ことドクター・ジョンの死に当たって書かれた追悼文(1885年)にも見られるように、彼はニューオーリンズにおいて黒人社会を通じてヴードゥーとの接触を持っていた。来日(1890年)前の約2年間は西インド諸島に滞在し民話収集等のフィールドワークを行っており、その成果は『クレオール物語』に見る事が出来る。
一方、ラブクラフトでヴードゥーといえば『クトゥルフの呼び声』であろう。ルグラース警部の話として綴られている、ニューオーリンズにおけるヴードゥー教徒のおぞましき集会は、かの「ふんぐるい・むぐるうなふ・くとぅるふ・るるいえ・うがふなぐる・ふたぐん」という詠唱で最高潮に達する。
アメリカ人にとってニューオーリンズは魔界都市として認識されている、というわけではあるまいが、そんな異界ニューオーリンズをこよなく愛した小泉八雲は outsider としての素養を十分に持っていたようだ。
小泉八雲とラブクラフトを繋ぐものをもうひとつあげるとすれば『浦島太郎』にみられるような『深き者』との関わりがある。『夏の日の夢』にみられる浦島太郎への着目は、クトゥルフとしての乙姫・ルルイエとしての竜宮城という図式を思い起こさせる。実に日本らしく萌え萌えに描写されている乙姫も、浦島太郎にとっては結局のところ破滅の神クトゥルフであったわけだ。異界に赴きそして帰還した者を待つのは破滅だけなのだろう。「常世=竜宮城=蓬萊山」という、日本における異界的モチーフにルルイエを重ねるのはあながち間違いではないと思われる。
最初の妻であるマティ(アリシア)・フォリーが黒人だったというのも異界へのあこがれを反映している。『クレオール物語』所収の『ドリー』には、恐らくマティその人かと思われるドリーについて「その大きな、黒い、きつい、じっと見つめる両眼」という描写がある。これはまさにインスマウス面の魅惑的表現と言えよう。
異界に魅かれた彼ら。その異界を日本に見出し、同じ異界の者として妖怪について書き綴った小泉八雲。此界に幻滅し、幻想としての異界を書き綴ったラブクラフト。ともにその心底には outsider の喜びと悲しみがある。
ラベル:
H. P. ラブクラフト,
クトゥルフ神話,
メモ,
小泉八雲
2009年3月4日水曜日
2009年2月28日土曜日
[37signals] 顧問など要らぬ
(原文: Who needs a board of advisors?)
「でも私はビジネスを始めるには____が必要だと聞いているよ」____には顧問役・ビジネスプラン・その他といった、君と君自身の構築するビジネスの間に立ちはだかる障害物を入れてみよう。一般的に見られるこういった「ねばならぬ」という考え方は、実は助言という皮をかぶった言い訳でしかないということに気付いているだろうか?これらは無為を正当化する時の理由でしかない。こういった考え方は、君と君の為すべき事との間に layer(訳注: 分離層)あるいはlawyer(訳注: 弁護士)を配置する。
顧問役は頼りになる。ビジネスを始めるにあたっては顧問役が必要だと考える人もいる。だが実際のところ、これもまた物事に着手しない時に使う言い訳の一つなのだ。君のビジネスについて君よりも上手く切り回せる奴がいると考える方がおかしいと思わないか? 君は充分知っているし、今はまだ知らない事も、この先、学ぶ事になる。もちろん、まわりの人に助言を求め彼らの経験に学ぶというのも良いかもしれないが、型にはまったようにそうする必要など無い。
起業に当たってはこういったものが必要だよと言って君をビビらせるようなやり口を世間に広め、君に大枚はたいて顧問弁護士を雇わせるような試練を強いている奴らが誰なのか、思い起こすが良い。奴らの自作自演なのだ。ビジネス書やビジネス雑誌を出版・執筆する連中や弁護士といった奴らは、君に「正しいやり方」なるものを提示することであぶく銭をかせいでいるというわけだ。また同時に忘れてはならないのは、ベンチャー投資家や既存ビジネスの連中が、とにかくやってみろとか何々をすべきだとか言うのは、自らの商売のために言っているのだということだ。
今度「君にはこれが必要だ」とか「君にはあれが必要だ」といった事をビジネス立ち上げの時に耳にする事があったら、疑ってかかることだ。自分に問いかけてみよう「本当に必要か?当面は無しでいけるんじゃないか?」と。
「でも私はビジネスを始めるには____が必要だと聞いているよ」____には顧問役・ビジネスプラン・その他といった、君と君自身の構築するビジネスの間に立ちはだかる障害物を入れてみよう。一般的に見られるこういった「ねばならぬ」という考え方は、実は助言という皮をかぶった言い訳でしかないということに気付いているだろうか?これらは無為を正当化する時の理由でしかない。こういった考え方は、君と君の為すべき事との間に layer(訳注: 分離層)あるいはlawyer(訳注: 弁護士)を配置する。
顧問役は頼りになる。ビジネスを始めるにあたっては顧問役が必要だと考える人もいる。だが実際のところ、これもまた物事に着手しない時に使う言い訳の一つなのだ。君のビジネスについて君よりも上手く切り回せる奴がいると考える方がおかしいと思わないか? 君は充分知っているし、今はまだ知らない事も、この先、学ぶ事になる。もちろん、まわりの人に助言を求め彼らの経験に学ぶというのも良いかもしれないが、型にはまったようにそうする必要など無い。
起業に当たってはこういったものが必要だよと言って君をビビらせるようなやり口を世間に広め、君に大枚はたいて顧問弁護士を雇わせるような試練を強いている奴らが誰なのか、思い起こすが良い。奴らの自作自演なのだ。ビジネス書やビジネス雑誌を出版・執筆する連中や弁護士といった奴らは、君に「正しいやり方」なるものを提示することであぶく銭をかせいでいるというわけだ。また同時に忘れてはならないのは、ベンチャー投資家や既存ビジネスの連中が、とにかくやってみろとか何々をすべきだとか言うのは、自らの商売のために言っているのだということだ。
今度「君にはこれが必要だ」とか「君にはあれが必要だ」といった事をビジネス立ち上げの時に耳にする事があったら、疑ってかかることだ。自分に問いかけてみよう「本当に必要か?当面は無しでいけるんじゃないか?」と。
2009年2月25日水曜日
[Dion Almaer] 遂にブラウザが時代に追いついた。もう「Webページの未来」なんかじゃないよね
(原文: Browsers are finally catching up; It isn’t the Future of Web Pages is it)
Benと私は、風光明媚なマイアミで行われている Future of Web Apps (訳注: 原文ではリンク先が自分自身へ張られていたので変えてあります)で講演している。中西部に住んでいるという事もあり、陽気のいい土地に出かけるのは大歓迎だ。先日のロンドンでの講演は本当に楽しかった。その時は Gears について話した。 今回 Ben と私は Web の現状について話しているのだが、Web の現状は間違いなく私達にとって刺激に満ちたものになっている。タイミングもばっちりだ。先日公開した、私達が最先端の技術に触れあう場である Bespin プロジェクトの舞台裏について話せるからね。私達はもう古いブラウザというしがらみに縛られてはいないけれども、以前とは全く異なるこの現状も、さほど驚くほどのものじゃなくなった。こういったしがらみは私達を石器時代に留まらせるものだし、もし私達がそれを受け入れて共存してしまったら、プラットフォームは、革新を経たプラットフォームに比べて見劣りのするものになってしまうだろう。
2009年になってもまだ私達の大半は『Web ページを見る為に作られたブラウザ』という世界の中で作業しなきゃならない。こんなのは『Web ページの未来』とは呼べないよね!
革新的且つ忌々しい作業を通じて、開発者コミュニティは遂に Ajax という進化をもたらした。見た目こんな感じだった:

やっつけ仕事とひねり過ぎなやり口ばかりだった。正直つらかった。でも初期の飛行機がそうだったように、やり方なんてどうでも良かった。現にケモノだってフツーに飛んでるじゃん! この急場しのぎの技術集積は、アプリケーション開発を可能にするという形で、私達に飛行能力をもたらした。XMLHttpRequest 等が私達にもたらした小さな革新は、たとえオープン Web であっても、やろうと思えばインタラクティブなユーザエクスペリエンスが作り出せるのだということに他ならなかった。
そして遂にブラウザは変革の時を迎えた。「ブラウザ開発者達はデスクトップアプリケーションレベルの Web アプリケーションを作れるプラットフォームを構想しているんだな」という事を如実に示すテクノロジ群を伴って、新たな成果物が出現している。Chrome の漫画にはそういったネタがいっぱい詰まっている。そんなテクノロジのいくつかに光をあててみよう:

私がオープン Web のための新しい開発ツールを使って仕事をすることにいつも胸躍らしている理由はこれなのだ。コミュニティがもたらしてくれるものに私は元気付けられている。ブラウザ開発者・Web 開発者とともに大きな変革をもたらすことが出来るのだ。
確かに Kool-Aid(訳注: Kraft Foods 社の生産している粉末ジュース)を切らした日にゃいつだって、プラットフォームの抱える問題が気に障るようになる。道のりは遠いし、旧いブラウザを無視する訳にもいかない。でもまぁ、やってりゃそのうち良い事あるさ。
Benと私は、風光明媚なマイアミで行われている Future of Web Apps (訳注: 原文ではリンク先が自分自身へ張られていたので変えてあります)で講演している。中西部に住んでいるという事もあり、陽気のいい土地に出かけるのは大歓迎だ。先日のロンドンでの講演は本当に楽しかった。その時は Gears について話した。 今回 Ben と私は Web の現状について話しているのだが、Web の現状は間違いなく私達にとって刺激に満ちたものになっている。タイミングもばっちりだ。先日公開した、私達が最先端の技術に触れあう場である Bespin プロジェクトの舞台裏について話せるからね。私達はもう古いブラウザというしがらみに縛られてはいないけれども、以前とは全く異なるこの現状も、さほど驚くほどのものじゃなくなった。こういったしがらみは私達を石器時代に留まらせるものだし、もし私達がそれを受け入れて共存してしまったら、プラットフォームは、革新を経たプラットフォームに比べて見劣りのするものになってしまうだろう。
2009年になってもまだ私達の大半は『Web ページを見る為に作られたブラウザ』という世界の中で作業しなきゃならない。こんなのは『Web ページの未来』とは呼べないよね!
革新的且つ忌々しい作業を通じて、開発者コミュニティは遂に Ajax という進化をもたらした。見た目こんな感じだった:
やっつけ仕事とひねり過ぎなやり口ばかりだった。正直つらかった。でも初期の飛行機がそうだったように、やり方なんてどうでも良かった。現にケモノだってフツーに飛んでるじゃん! この急場しのぎの技術集積は、アプリケーション開発を可能にするという形で、私達に飛行能力をもたらした。XMLHttpRequest 等が私達にもたらした小さな革新は、たとえオープン Web であっても、やろうと思えばインタラクティブなユーザエクスペリエンスが作り出せるのだということに他ならなかった。
そして遂にブラウザは変革の時を迎えた。「ブラウザ開発者達はデスクトップアプリケーションレベルの Web アプリケーションを作れるプラットフォームを構想しているんだな」という事を如実に示すテクノロジ群を伴って、新たな成果物が出現している。Chrome の漫画にはそういったネタがいっぱい詰まっている。そんなテクノロジのいくつかに光をあててみよう:
- 超高速なJavaScript 他のプラットフォームはスマートな JIT VM を搭載しており、この点については Chrome でも変わりはない。ブラウザに組み込まれた最新の VM により桁外れの実行性能向上がもたらされている。これは 速度の向上のみならず、Web アプリ開発というゲームが全く違う次元に移行したということであり、これまで出来なかった事が出来るようになるということを意味している。
- プロセスの分離 高速な JavaScript 処理自体は素晴らしいものだが、旧式なシングルスレッド型ブラウザには依然としてボトルネックが残る。Web ワーカは、処理の分離を行うための実に良く出来た API(スレッド API ではない!)を提供している。多分私達は「もっと色々な事が出来るんじゃないか」と考えるだろうから(だって JavaScript の処理が高速になるわけだからね)気がつくとコード量は増えているわけで、目先のコードを実行する一方、そうやって増えたコードについてはブラウザにやらせる必要がある。
- マルチプロセス 高速な JavaScript 処理と Web ワーカがあったとしても、境界というものは保たれる必要がある。もし GMail・カレンダー・Bespin・その他3つの Web アプリが動いていて、それらが全て情報更新等のためにポーリングを行うとしたら、CPU への同時要求によりコリジョン(要求のぶつかり合い)が容易く発生する。新たなマルチプロセス型のアーキテクチャならばこの問題を回避出来る。Bespin に取り組んでいる今、この機能については可能なかぎりうまく実装されてほしいものだと願っている。
- リッチな描画表現 私達はテキストとボックスと画像を組み合わせるのに慣れている。でもこれじゃちょっとね! こんな単純な構成要素だけでやってきたのかと思うと驚くんじゃないかな? canvas・SVG・新しい CSS プリミティブ(border radius, CSS animation, CSS transition, CSS shadows 等)があれば、これまでのボックスにとらわれない発想がもたらされる。
- デスクトップサービス 私達はもっと手を延ばす必要がある。実際のアプリケーションはクリップボードとやりとりし、位置情報を取得し、住所録にアクセスすると言ったことを行う必要がある。「〜をするにはネイティブアプリ のフレームワークを使う必要がある」とみんなが口にする現状を乗り越えるためには、この問題を解決しなければならない。私達に必要なのは使い物になるトラストモデル(訳注: 実行許可のポリシー設定など、アプリケーション間通信における信用の確保に必要なモデル)であり、その API をブラウザに組み込むことだ。
私がオープン Web のための新しい開発ツールを使って仕事をすることにいつも胸躍らしている理由はこれなのだ。コミュニティがもたらしてくれるものに私は元気付けられている。ブラウザ開発者・Web 開発者とともに大きな変革をもたらすことが出来るのだ。
確かに Kool-Aid(訳注: Kraft Foods 社の生産している粉末ジュース)を切らした日にゃいつだって、プラットフォームの抱える問題が気に障るようになる。道のりは遠いし、旧いブラウザを無視する訳にもいかない。でもまぁ、やってりゃそのうち良い事あるさ。
ラベル:
Dion Almaer,
和訳
2009年2月24日火曜日
[Google] GMail 鯖落?
気付いたのはPM8時過ぎ。IMAP/POP3でのアクセスはいけるらしい。
- Gmail down ? I'm getting "Server Error The server encountered a temporary error and could not complete your request. Please try again in 30 seconds. " (Paris, France, Feb 24th 2009, 11.25AM local time)
- Google's Gmail experiencing web outage
- Gmail Servers Down? 24/02/2009
- Gmail Down, Is It The End?
2/24/2009We're aware of a problem with Gmail affecting a number of users. This problem occurred at approximately 1.30AM Pacific Time. We're working hard to resolve this problem and will post updates as we have them. We apologize for any inconvenience that this has caused.
01:30[PST]頃に障害発生とのことなので日本では18:30頃からということになる。
Update: 21:28[JST] 復帰を確認。
Update: 21:28[JST] 復帰を確認。
2009年2月22日日曜日
[Greasemonkey] SICPページャ
オンライン版のSICPをぽつぽつ読んでるんですが、next/previousリンクをクリックするのがダルいのでキーボードだけで読み進めるためのGreasemonkeyスクリプトを書きました。こういうのをちゃっちゃと作れるのがFirefoxのいいとこですな。GitHubに置いてありますので人柱上等な方はどうぞ sicp_pager.user.js
ラベル:
Greasemonkey,
programming,
SICP
[Dion Almaer] 教育と政治がおかしくなっていることを示す好例『入力 vs. 出力』
(原文: Exactly what is wrong with education and government; Input vs. Output)
セクハラ関連法に関する教習を受けるのは良い事だ。私もその趣旨を理解し賛同してる。でも実際行われている教習と来たらあまりにもひどくて、ひとこと言わずにはいられない。
法律では2時間の受講を要するとの指定がある。これって変だと思わない?
私がオンラインで受講した際、第1課を終えた時(質問には全問正解したよ)にこんな画面が出てきた:
「予定より速く進んでいる」のに「追いつく」ために何分も座って待ってろと来た。
「2時間ばかり座ってなさい...待っている間にマリオカートで遊べそうなもんだけど、理由があってそれは駄目なのです」とただ単に言うのではなく「米セクハラ関連法について理解出来そう」であることを証明するための試験をする方が良いんじゃないか?
もう、頼むから、入力でなく出力を尺度にするようにしようよ。3分以内に全問正解したらそれでいいじゃん。理解してるってことなんだから。
セクハラ関連法に関する教習を受けるのは良い事だ。私もその趣旨を理解し賛同してる。でも実際行われている教習と来たらあまりにもひどくて、ひとこと言わずにはいられない。
法律では2時間の受講を要するとの指定がある。これって変だと思わない?
私がオンラインで受講した際、第1課を終えた時(質問には全問正解したよ)にこんな画面が出てきた:
あなたは現在、2時間の受講義務を満たすペースより速く進んでいます。次の課目に進めるようになるまでの待ち時間は下の方に示されています。
これまで学んだ事についてじっくり考えてみましょう。興味があれば、公正雇用機会委員会 (EEOC) で記録されている、セクハラに関する課徴金の動向を示す統計を御覧になれます。
セクハラに関する統計はこちら
次の課目に進めるようになるまでの待ち時間: 03:55
「予定より速く進んでいる」のに「追いつく」ために何分も座って待ってろと来た。
「2時間ばかり座ってなさい...待っている間にマリオカートで遊べそうなもんだけど、理由があってそれは駄目なのです」とただ単に言うのではなく「米セクハラ関連法について理解出来そう」であることを証明するための試験をする方が良いんじゃないか?
もう、頼むから、入力でなく出力を尺度にするようにしようよ。3分以内に全問正解したらそれでいいじゃん。理解してるってことなんだから。
ラベル:
Dion Almaer,
和訳
2009年2月20日金曜日
[37signals] マルチタスクは凡人への近道
(原文: Multitasking is the fastest way to mediocrity)
最近、仕事に忙殺されている。何が原因かは見当もつかないが、この10日間ほどというもの、3つの案件をこなしている。書類作りに管理業務に設計業務に見積業務に執筆業務に雑務。
散らかし放題の机。アイコンでいっぱいになったデスクトップ画面。あふれ返った電子メール受信箱。連絡をつけなければならない人の一覧。100件はありそうな決断事項。
愚痴を言ってるわけじゃない、事実を認識しているだけだ。こういった状況を鑑みてわかったのは、マルチタスクは凡人への近道だということ。物事というものは、全力を注ぎ込まないと駄目になる。
最近こなしている業務には、全神経が研ぎすまされるあのスリル感が無い。
これは打開策ではなく注意書きのようなものだ。もし大きな仕事を為そうというのであれば、一つの事に集中することだ。一つの事を終えてから次に取りかかるのだ。これはすなわち、まわりの人が期待するほど物事を手早く片付けられなくなるということだ。まわりの人が、一つの事にかかり切りになるなと口出ししてくるということだ。だが、山積みになった業務をやっつけ仕事や浅はかな決断でこなしたところで何の値打ちも無い。
最近、仕事に忙殺されている。何が原因かは見当もつかないが、この10日間ほどというもの、3つの案件をこなしている。書類作りに管理業務に設計業務に見積業務に執筆業務に雑務。
散らかし放題の机。アイコンでいっぱいになったデスクトップ画面。あふれ返った電子メール受信箱。連絡をつけなければならない人の一覧。100件はありそうな決断事項。
愚痴を言ってるわけじゃない、事実を認識しているだけだ。こういった状況を鑑みてわかったのは、マルチタスクは凡人への近道だということ。物事というものは、全力を注ぎ込まないと駄目になる。
最近こなしている業務には、全神経が研ぎすまされるあのスリル感が無い。
これは打開策ではなく注意書きのようなものだ。もし大きな仕事を為そうというのであれば、一つの事に集中することだ。一つの事を終えてから次に取りかかるのだ。これはすなわち、まわりの人が期待するほど物事を手早く片付けられなくなるということだ。まわりの人が、一つの事にかかり切りになるなと口出ししてくるということだ。だが、山積みになった業務をやっつけ仕事や浅はかな決断でこなしたところで何の値打ちも無い。
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