2009年5月6日水曜日

[37signals] プランというものは歩みを進めてみて始めてわかるものだ

(原文: The only plan is to learn as you go)

プランという言葉を現実に即した呼び方に改めようよ。「あてずっぽう」とね。占い師でもないかぎり、ビジネスの長期予測なんて夢物語にすぎないんだから。市場の情勢・競合他社・顧客・経済状況・等々、あまりにも多くて把握しきれないほどの数の要因が存在するんだしね。プランを書くなんてのは、実際にはコントロール出来ないものをあたかもコントロール出来そうな気分にさせるためのものだ。

実際、ビジネスプラン・財政プラン・戦略プランという呼び方についても同様に「あてずっぽう」に変えた方がいいかもしれない。そうすれば多分、こういった絵空事に過度の重きを置く事をやめるようになるだろう。

ペンシルバニア大ウォートンスクールでイノベーション・アントレプレナーシップ部門の教授を務めるIan MacMillanと、コロンビア・ビジネススクールで教授を務めるRita Gunther McGrathは「プランというものは歩みを進めてみて始めてわかるものだ」と確信している。彼らはこう述べる 1) 紋切り型のアプローチやプランというものは新しい分野に取り組もうとする際には役に立たない。2) 大概の企業は虫の良い将来予想によってトラブルに引きずり込まれる。3)企業が回避するべきものは失敗ではなく「高く付く失敗」である。
こんな例がある: プロジェクトの為に資金調達が必要だとする。詳細に関する補足やスプレッドシートの入った100枚のスライドをパワポでまとめ上げ、資金を持ってる人のところならばどこにでも出向いてこの大物をぶつけてみる。相手は言う「うん。いいよ」

プロジェクトを開始し2・3ヶ月も経つと、市場の情勢や要求定義が予想と異なっており、製品をいじり直す必要があることに気付く。今や君には出資者の期待に応えるという大いなる責務がのしかかっている。そういうわけで、まるで型にはまったように失敗する企業によく見られるジレンマの第一は、この世は不確実性の塊であるにもかかわらず、自分は正しいと思い込んでしまう点にある。この考え方が諸君を逆効果しかもたらさないような行動へと駆り立てるのだ。
銘記すべき素晴らしいやり方だ: 不確実性の塊であるこの世で、自分は正しいなどと勝手に思うのは止めろ。立てるべきプランは、その場をしのぐためのプランだけでいい。


訳者コメント:
いつも思うんだが「設計しないという設計手法がある」ことを理解している人は少ない。

アジャイルやiterativeな開発手法がこれだけ普及した(ように見える)わりには、ウォーターフォールにせよボトムアップにせよ「まずアーキテクチャをしっかりしなきゃ」といったような前提というか先入観が、まるでしがらみのようにチームの足を引っ張っている。

この先入観の根にあるのは、近年殊に多く見られるようになった「過剰コンプライアンス」の根にあるものと同様、「きちんとしなさい」がとてつもなく肥大化したあの実体の見えない怪物なのだろう。

「きちんとしなさい」を「合理主義」とか「一神教」とおきかえてもいいわけだが。

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